生きていて恥ずかしくない理由

今日は朝から風呂掃除をしましたが掃除中に3回も見に来られて、「ちゃんとやってっか?」って言われました。終わったら温海水のバルブからこぼれる水を受けておくこと。錆取りを海水がこぼれるところに使うことなどを指導されました。 やり直しながらやっていたら、45分もかかりました。 朝ごはんの時は、「サンダル!」と隣の部屋の人に怒られて意味が分かりませんでしたが、全体掃除の日は、朝飯の前にドアにサンダルを立てかけて廊下に掃除器をかけやすくしないといけないようでした。 また、今日が全体掃除の日だと知りませんでしたが、サロンのホワイトボードに書かれていました。少しずつ慣れていきたいです。

その後「風呂掃除をやるからには、しっかりやる。機械の保守も一緒だから。総合的にものを教えてんだ。」と激励されました。 しごかれているような気がしなくもないですが、近海船で15時間労働後にインドネシア人に言われた「シゴト、フネ、サイコウカ?」と聞かれ「サイコー!!」と答えないといけなかったことに比べれば余裕です。

今日は補機についている清水と海水の系統を見ました。冷却海水は、簡単で機付きのポンプでくみ上げられて、外に行くだけです。一応機械へ入る海水が2口になっていて、雑用水ポンプや主機冷却海水ポンプとつながっています。 消火栓にもつながっているように図では見えましたが、向きが違いました。
エンジンのトリセツを見て、一つ一つ何が何かを見ていくのが大変でした。LOクーラーに関しては、外から見えません。膨張タンクもあるらしいのですが、見えませんでした。 煙突の中に清水タンクが2個あるのを見せてもらいました。また、普段手洗いなどに行っている清水は系統が別で、ポンプも見えにくいところにありました。 メインの清水ポンプは、配電盤を開かないと操作できないようになっていました。

今日は、機付きのポンプとそうでないポンプの違いが少しわかりました。 主機をかける時には減速機予備LOポンプと、主機予備LOポンプを回します。 基本的にLOは主機の動力で回る機付きのポンプで送ります。 なので、エンジンが止まっている場合には機付きのポンプは働きません。 だから、予備LOポンプを回してターニングをすることで潤滑油を行き渡らせて、始動した後は予備LOポンプを消すことが出来るのです。

補機には、予備LOポンプがありません。それは何故かというと、プライミングする際に、手動でLOを送るからです。 この動作が補機にとってのLOポンプなのです。

その後機関長から「今なっている音何かわかるか?」と言われ、「ポンプの音ですかね?」といったら、「探してこい。」と言われて、行ったんですけど全然主機がうるさくて分かりませんでした。 そしたら、主機がある方向とは反対側にちっこいポンプがあって、それは機関室船首ビルジ排水ポンプでした。自動で働き、ゴムの歯車で動いていることを教わりました。壊れたら、中の金属だけが空回りするようになるから交換すると言っていました。 機関場や空調の水・逆流海水を海に流すことが出来るポンプです。 また、冬場は暖気をしないといけない理由を教わりました。効率が下がるだけではなく、カバーやシリンダに亀裂が入る可能性があるからだそうです。 冬場のドッグは海水系統から水抜きをしないといけないことも教わりました。

あと、船用語について、前進がゴヘエ、後進がアスタだそうです。出刃じゃない、ロープ切る刃物はマキリ。Pがポート、右舷のこと面舵。Sがスターポート、左舷のこと取舵。汚れ仕事で使う布のウエスは雑巾とは違って再利用しない。 マグロ船で言ってた、手伝う、物をあげる。という意味の「サービス」って言うのは宮城漁船界隈の方言だそうです。

今日の夜明け前一応忍路海山(おしゃろかいざん)についたようです。周りは何もありません。ウラジオストクも見えません。海水お風呂も入ったので、堪能しましたよ。 日本の排他的経済水域の端という秘境で、デジタルデトックスを楽しんでいます。 近くに北朝鮮のミサイルが落ちたことだけが不安です。 大体今日の内容はこんな感じです。

今日は、昔「生きてて恥ずかしくないの?」とMMさんに言われたことを思い出し、何故自分はマグロ船でインドネシア人と肩を並べて、魚の内臓を掃除してもなんとも思わなかったり、プライドがないのか。ということについて考え直してみました。
昔は、テストの点数が低くて恥ずかしかった
中学1年生の時のある記憶がかなり長い間残っています。定期テストが返却されて、はじめ見た点数は86点でした。しかし、それは前の席のクラスメイトのもので、交換された自分の解答用紙の点数はもっと低かったのです。 そのときの記憶がこびりつくくらいには、色々恥ずかしさがあったり、周りが気になっていました。 また、今でも、活動動機を他人に頼ったり、詐欺や略取などのことは恥ずかしいです。恥ずかしいような生き方は出来るだけ避けています。
プリ☆チャン筐体プレイより恥ずかしいことはない
中学3年生ごろ、(プリ☆チャンそのものについては、また記事にします。)キラッとプリ☆チャンの筐体をゲームセンターでプレイするようになりました。カードゲームとリズムゲームを組み合わせたゲームでしたが、ピンクのデコデコした筐体で、 宝石のようなボタンが二つだけで、所謂女子小学生がプレイするようなゲームでした。なので、私がプレイするには、男っぽく育てられてたし、中学生だったしで、相当葛藤がありました。何週間も筐体を遠くから覗く生活をしていたこともありました。 しかし、本当にプリ☆チャンはプレイしたかったので、その葛藤を乗り越えてゲーセンで一歩踏み出してプレイしました。 50を超えてから性転換し、本当の人生を歩み始めたみたいなドキュメンタリーを見たことがあります。見た目がまだキレイなうちに、そういうことはしておこうと思ったりしていました。 すると、そのゲームがとても楽しくて心の支えというか、分かってくれる存在としてあり続けました。 なので、恥ずかしくても本当にしたいことだったら、やった方がいいなと思いました。
恥を捨てて質問しまくったら受験に合格した。
私は、高校3年生の頃家計急変で学費が免除になりました。そこで、私は「これで勉強しなかったら恥ずかしいな。」という気持ちと、「親にお金を出させてまで塾には行きたくないな。」と思いました。 そこで、私は同じクラスの生徒に授業で分からないなと思うところを全部聞きました。たとえば、当時全く勉強していなかったので、Come came comeという活用を知らなくて、「haveのあと、なんでこれはcameにならないのか。」 という中学生レベルの質問もしていました。数学についても基本定理から質問しました。三角関数の加法定理について高3で質問していました。 ただ、意外にもそれらの質問を拒む人は殆どいませんでした。加法定理については証明や覚え方まで、教えてくれるひとがいました。 そんな勉強法で勉強を続けて行ったら、国立大学である筑波大学に合格。成果がありました。恥を捨てた質問力のお陰で塾代を浮かせることが出来たのです。 振り返ると、同級生に出来ない答案を見せて直してもらう。というのは、勉強できないのを恥ずかしいと思っていた中学1年生の私には到底できなかったことであろう。と思います。 しかし、高3になるともっと恥ずかしい事:「奨学金をもらって不勉強で受験失敗」ことから逃れるために、小さい恥:「同級生に劣っている部分を正直に見せる」に目をつむることが出来ました。 だから、恥を捨てることが出来るようになったのです。

後から聞いた話ですが質問の回答者たちは「あいつ、ヤバイ!」とは思っていたみたいです。しかし、塾や家庭での勉強で疲れた頭をほぐす役割に逆になっていたそうです。 そこで、自分が相手より劣っていることも、やりとりのなかでプラスに転じることを知る成功体験になりました。

この二つの経験で、人と違う事でも、本当にやりたかったらやった方がいいこと、恥を捨てて聞くと結果的に得がかなり大きいということを知りました。 なので、インドネシア人に頭を下げて仕事を教わっても何にもプライドなんて傷つきませんでしたし、内臓や血のりの掃除なんて、やりたかった仕事の一環なんで 自らプリ☆チャンの筐体プレイに乗り出した時に比べれば恥ずかしさなんてありませんでした。
最後に、極論ですが人生で成し遂げないといけないようなことは、「恥ずかしいから」という理由でやめさせてくれるものなんて一個もないんですよ。 というのも、「恥ずかしい」という気持ちは人の都合です。自分の少々の気持ちの都合では宿命から逃れることはできません。もしそんなことをしたら、神罰が下ります。 「これをやらないと恥ずかしい生き方になる」ということで、やらないといけないことは沢山あるんですよ。そんな人生が時折悲しくなります。


Last modified on 2026-10-19