心の波も激しい

昨晩21時ごろから北の海は時化が激しかったです。 朝4時ごろには、部屋の本棚が倒れ、部屋に置いてあった横向きのトランクケースは部屋中に動き回りました。 隣の部屋で何かが倒れる音がして、悲鳴もあがりました。 今日は朝ごはんの後、昨晩書いた配管図をファーストに見せに行きました。細かい部分で間違っている部分もあったようですが、大方合っていたようです。 早く覚えて、一人で見れるようになりたいです。 今日の揺れの状態では、FO系統を見るのは危ないと思い、補機の始動方法の復習をしました。

  • エアタンクのバルブを開ける
  • ハンドルを30往復して、プライミングする
  • 潤滑油圧力のゲージをチェックする
  • はずみ車をターニングする
  • エアのバルブを開けて、エアを送り込んで始動させる
  • ガバナ調節ハンドルを回して、1000回転程度まで上げたら、海水圧力を確認する
  • エンジンがあったまってきたら、少しずつ回転数を上げる。
  • 1500から1800回転までは一気に上げる
  • 調節ハンドルを押し込んで遠隔操作に切り替える
  • 給気系統を閉める

セルモーターというのが何か教わりました。車のカギを回してエンジン始動するのと一緒です。バッテリーからの電力を動力源とした始動のための動力モーターです。 この船の補機はセルモーターで始動するのではなく、給気の力で始動します。だから、特注でセルモーターがついていないのです。 逆に、停泊用発電機にはセルモーターとバッテリーがついています。

今日は自分でお風呂を入れました。お風呂を入れる時に、ドアを開けないで終わらせたので、最初に入るとき湯気がこもっていました。 次入れる時は、ドアを開けて終わらせたいと思います。

次に、LO清浄機に送る燃料油を清浄油タンクから、船底にあるNO.3タンクに切り替える仕事をしました。昨日はポート(右舷)側のNO.3タンクに切り替えていたので、同じように仕事をしたら、 「同じ方ばかりを使っていたら、船のバランスが悪くなる。」と言われて、今日はスターポート(左舷)側のNO.3タンクに切り替えました。 毎日左右のタンクを交互に使っているそうです。今度からは機関日誌をみて前回補給したタンクをチェックしてから、油切り替え作業をしたいです。 そして、機関日誌に切り替えた旨を記録するのと、机の上の透明なマットの中にある「LO清浄機の切り替え中」という紙を表にする仕事を忘れていました。そこまでやって初めて、切り替え完了です。

補機主機の始動起動、清浄機へ送る油の切り替え、お風呂を入れる、その撤収。これらが一人でも出来るようになれば、一人でワッチを見れるようになるそうです。 どれも60パーセントくらいは、分かるようになってきました。なので、毎日怒られる生活もあと少しの辛抱だと思っています。

最後に、警報機の電球交換の仕事をしました。オレンジ色のマイナスドライバーでライトのカバーを外してゴム製のスポイトで豆電球を外して、その豆電球に記載されている電圧やワット数を確認します。 それを参照して、戸棚の中から同じ豆電球を見つけます。交換したら、消耗品と書いてあるノートにその旨を記載します。

日々、「使ったものはなおせ」と言われ続けています。自分が出したものはなおすようにしてるんですけど、他の人が渡してきたものをなおすという習慣がありませんでした。 今日で言えば、機関長から受け取ったマイナスドライバーやスポイトです。今度からそれも場所を聞いてなおすようにしていきたいです。

今日は大した仕事はしなかったんですけど、気分が落ち込みました。マグロ船の時も操業がはじまってから、15日ほどでたったとき1日かなり気分が落ち込みました。 前の日と変わらない仕事なのに、船上で号泣してしまったことがあります。今日もそんな気分でした。 どの様な状態になるかというと、今までで周りについて行けなかった時のことを沢山思いだしてしまいます。 また、誰とも話したくない気分になったり、気分が落ち込みます。昨日と一昨日が平均より高い楽しい気分だったので、マズいな。と思ったら今日しっぺ返しを喰らいました。 昔は、気分が毎日低調だったので本気で働けないと思っていました。それと比べると今の状態は凄い進歩ですが、そんなことは誰も分かってくれないし、先へ進みたいという気持ちも近海船に乗ってから出てきたので、 なんとかメンタルの浮き沈みを予想した対策を練って仕事を続けていきたいです。マグロ船の時も次の日次の次の日は大丈夫だったので、明日はきっと大丈夫だと思ってやっていくしかありません。 今日も、色々な嫌なことを思い出している途中で、近海船で見た思い出や漁業への憧憬について考えたら、幾分か昏い気持ちが晴れました。既にあの体験は自分にとってかけがえのないものになっています。

メンタルの不調に悩まされることが多く、自分の潜在意識や心の闇には嫌な思いばかりさせられています。しかし、いくつか感謝しなければならないことがあります。 その一つを紹介します。私は相手の要求が無茶ぶりや形だけのものなのか、実を伴った妥当な要求なのかが、思考を介さずに解することが出来ます。それは自分の心の闇のお陰だと思っています。 それを代表するエピソードを二つ紹介します。大学2年生の終わりに教育実習に行く学生が皆受講する事前指導という授業がありました。そこで、数学科目で教職を取る学生だけが受ける授業の場面です。 筑波大学附属坂戸高校から来た先生が、学生に10分間の授業の指導案を17時までに提出することを求め、次の日に発表させると言いいました。私は当時指導案作ったことがなかったので、面倒だなと思いました。 他の学生は直ぐに作成に取り掛かっていました。しかし、私は課題をやらなければという気持ちがわかず、まず家に帰って睡眠をしました。何故かというと、その課題がやりたくないものであった上に、全く緊張感を伴わないものであったからです。 振り返って考えてみると、事前指導というのは出席が重要な単位であり、受講済みか否かの2段階評価です。そこで、一つの科目だけで出された課題が成績評価につながるはずもありません。 また、現役の高校の先生が大学生のハナクソみたいな指導案の添削をする余裕があるとも思えませんでした。これは後付けの理論的な思考ですが、授業を受けた当時は、 課題の出し方や教員の態度からこの課題にはリソースを割く必要がない。と無意識で思ったのです。 実際に私が指導案を提出したのは発表のちょっと前、そのうえクソみたいな授業、振り返りシートも課題で出されていましたが、提出しませんでした。それでも、事前指導は受講済みというハンコが押されていました。 つまり、その先生の設定した課題は形だけだったのです。だから、心の闇の判断のお陰で、他の人がストレスがかかっていた部分を気楽に過ごすことが出来たのです。

次のエピソードは逆の状況です。インドネシア留学中の11月ごろ大学の勉強をなおざりにしていた時期がありました。 しかし、大学で歩いていても楽しくないという気持ちに突如なりました。遊びや他のことをやめて考えてみると、大学での中間課題がたくさん出されていたのです。 考えないようしていたのですが、英語のビデオを作らないといけないものや、他の学生とやりとりして作品を作るなど、作成したことないものを作らないといけなかったのです。 心の闇が感じた緊張感に従い、課題を一つ一つ作成しました。考えてみると、いくら面倒くさくても大学の中間課題は実の伴ったものでしたからね。 つまり、心の闇が感じた緊張感によって単位を落とす危険を避けることが出来たのです。

この二つのエピソードから無意識の部分が繊細になっていることで、ストレスや危機への感性も鋭くなって逆に楽できている部分もあると言えると思います。 たとえば、一つの目エピソードは言葉通りの受容で感じるはずだったストレスを避け、二つ目のエピソードでは中間課題の提出に失敗し、期末まで授業を受けれないという危機を避けれています。 だから、心の闇は悪い面ばかりだけではなく、日常生活に良い面も本当に少しだけあるのです。 私が心の闇と呼んでいる部分は、理性的な思考ではなく、もっと危機回避などに繋がる原始的な部分の脳の領域なんだろうなと思います。 他の人よりメンタルが沈みがちになるのは、心が壊れるほど嫌な経験をしたことで、同じような場面に遭遇しないようにしているのだろうと思います。 嫌な記憶を思い出して気持ちが沈むのもその一環だろうと思います。

私はほかの人には無い、繊細さがあるのだろうと思います。しかし、それを良い方向に使うのは非常に骨が折れます。 私が美術に傾倒するのは、それを活かせるからだろうと思います。また、漁船で働こうと思った理由も大自然とのバトルのなかでは活かせると思ったからです。 現代社会では、繊細さを発揮させると辛い事の方が多いです。今の職場は洋上ではあるものの、繊細さを発揮させ過ぎるといやになるので、意識して気持ちを前に向かせています。


Last modified on 2026-10-21