尊敬している人2-大日本ラブドール党総裁?兵頭喜貴-

今日は朝から、船での仕事を終わらせて、買い出しに行きました。財布失くしてあまり意味がないですが、仕込みにかかった費用をまとめます。 収入

  • 当直代と食費 +11500円
  • 財布損失 -30000円
    計-18500円

観光代

  • 稚内市北方記念館 -200円
  • 入山料としてのお賽銭 -500円
  • 頂上でのアイスクリーム -300円
    計-1100円

食費

  • 昼のチャーハンギョウザ -1550円
  • 夜のマック -690円
  • 2日目の昼のすきや -480円
  • 3日目のパン -651円
  • 3日目の総菜や酒 -512円
  • 4日目のパスタ -700円
  • 4日目の夜食 -648円(予定)
    計-5731円

仕込み

  • アネロンとシャンプー -1963円
  • ジュースやおかし -2968円 計-4931円
    累計-30262円

累計で30000円ほどの損失でしょうか。 また、前回と比較すると、アネロン買った分少し高くなったくらいで、仕込みや食費にかかった金額はあまり変わらないように思いました。観光費と交通費が安かったので、もらったお金だけで殆どまかなえてますね。 財布落としてなきゃ最高でしたが、悔やんでもしょうがないです。お稲荷さんにお布施した分、狐憑きの美女がこれから迎えに来てくれるかもしれないと思っておきます。
尊敬している人の話の続き 観光で得た画像は明日まとめることにして、今日は尊敬している人について書きたいと思います。何故なら、この記事はネットの記事を参照しないと書けないことだったからです。 私が尊敬している人の二人目は兵頭喜貴さんです。 この方は、かなりヤバイ活動をたくさんしてる暴れ者です。何故そんな人と関わるようになったのか。という事について説明します。 私はまず、兵頭さんを知る前にオリエント工業に出会いました。 高2の1月8日正月に不眠症でなかば諦めて深夜番組を見ていたら、有吉の番組にてオリエント工業の製品が紹介されていました。 当時は、サイトに軽くアクセスして様子をうかがうくらいで、がっつり調べることはしていませんでした。 そこから、時が経ち高3になったと同時に実家から父親が出て行ったので、自分の部屋を獲得することになりました。 すると、アダルトサイトも自分のPCで好きなだけ見ることが出来るようになりました。高3の5月に初めてエロゲーをPCにダウンして、性について遅れたスタートを切りました(これについてもまた書きます)。 そこで、オリエント工業のサイトも念入りに見ることができるようになりました。見たものはフォトコンテストにアップされていたこの写真です。 写真をみてすぐ只者ではないと感じ、すぐに名前を検索しました。すると、本人が実名顔出しでブログを更新していて、予約をすれば誰でも会う事ができるようになっていました。 というのも、当時兵頭さんは八潮秘宝館という自宅兼博物館を一般公開していました。メールで予約さえすれば、誰でも行くことが出来ました。 当時は、家庭環境の崩壊でどうにでもなれと思っていたのと、ブログを片っ端から読んで、写真より八潮秘宝館がヤバイとわかったので、学校が休みになった高3の8月のタイミングで来館を希望しました。 来館した当時の精神状況を予感させるような画像が残っています。 部屋を案内してくれただけではなく、昼間から飲みながら高校3年生の私に、田舎の実態、世界史、大人の実態などを説いてくれた記憶があります。 家族関係について悩みを打ち明けると、「お母さまは何歳ですか?」「それは閉経によって離婚したんだろうね。」と話していたこと、母に親権が移ったのに何故苗字が変わらないのか。と聞いたら、 「女性は離婚した後苗字を何にしてもよいと法律で決まっている。」と教えてくれたことを覚えています。その歯に衣着せぬ真実に基づいたトークにある程度気持ちがすっきりしたことを覚えています。 当時のブログにつぎのような表現が残っていました。 「そうえばちょっと前に担任と面談したんですけど、参考になることが全くなく、大日本ラブドール党総裁と喋ったときのほうが、70倍はためになりました。」
つまり、当時の自分にとっては昼間から飲んだくれて、家に高校生を招いて説法を説いてくれるダメなおっさんの言葉が届いていたんです。 この一連の流れが兵頭さんと知り合ったきっかけです。

私は、尊敬している人の基準に「こんな生き方があったのか、こんな自由でよかったのか。という新鮮な価値を発見させてくれた人、つまり私を自由にさせてくれた人」としています。 何故兵頭さんを尊敬しているかというと、自分を自由にしてくれたと思っているからです。 本当は自由にしてくれた部分が3つあるのですが、2つに絞って書きたいと思います。(あと一つはまた今度書きます)

呪われた人生でも楽しく・オモシロく生きていい
私が知っている人の中でも兵頭さんの人生は、生まれつきの要因で大きな動乱にトップクラスで巻き込まれ続けていると思っています。 というのも、ブログに書いてあるように父親・叔父が自殺しています。 そして、自身も難病を患って日常生活に大きな制限を受けています。 さらに、後継ぎの予定だった義理の息子は、タイ製のホルモン剤を乱用して頭がパーになって、親を訴えようとしているそうです。 この3つだけでも、生まれつき呪われていると断じてよいと思っています。 しかし、呪いをものともせず楽しく・痛快なほどオモシロく生きていると思っています。私が一番凄いと思ったのは、人形裁判事件です。 兵頭さんはスミレ部隊と呼ばれるラブドール小隊に重火器や軍服を装備させ、 戦争画 チックに写真を取り、戦争風のストーリーを付けた同人誌を作っていました。 そこで、スミレ部隊が壊滅する場面として取り上げられたのがこの写真です。 同人誌内では「玉砕」と文字が振ってありました。 しかし、その言葉は創作ではありませんでした。というのも、廃墟でこの場面を撮影していたスミレ部隊が全て盗難にあってしまったのです。 被害総額は100万円以上で、入手困難な品もあったそうで、非常に不幸、理不尽・呪われている場面だと言えると思います。 しかし、兵頭さんの真骨頂はここからの行動にあるのです。
その後、ブログ読者がヤフオクにて盗難品が出品されていることを通報したことをきっかけに次第に犯人に近づいていったのです。 そして、犯人が分かってもなかなか捜査に踏み込まない県警にしびれを切らした兵頭さんは、自作の街宣車 を制作し、裁判所の前で駐屯したり、新宿駅で街宣したりしました。それでようやく、壊れたドールの一部を返してもらう事に成功し、裁判にも勝訴することが出来ました。 さらに、その街宣の様子や裁判関連の文書をリアルタイムにネットにアップし、激動の情勢を楽しんでいました。 つまり、大きな不幸や理不尽を、自身の行動によって跳ね除けたうえ、それをオモシロくしてしまったのです。 私が、この件で思ったのは、こんな自由じゃダメだよ。イカレすぎてて目をふさぎたくなるよ。という気持ちと同時に、悪党に対してだったら、ここまでやっても違法ではないんだ。やり返してもいいんだ。というポジティブな気持ちになりました。 くわえて、不幸や犯罪に挑むのに街宣車をわざわざ作るなど、その過程を楽しんでもいいんだと思いました。 この件から、私の人生についても、理不尽なことや嫌なことがあったとき、法に基づいてさえいれば常識外れの無茶な手段をとってもいいし、ふざけた様な方法で対抗してもいい。と学ぶことが出来ました。 そこで、家庭や大学で嫌なことがあっても常識を超えた方法で対抗したりしてもいいんだ。思ったようにやればいいんだ。と自分の人生に応用して考えることが出来るようになったと思います。
自分の困難を元に本を書いたりしているのも、ある程度は兵頭さんの考え方がベースになっています。私は、かつて履修登録で嫌な思いをしたのをきっかけに、自分が好きだった「女児本」を取り出してきて、それで表現活動をしました。 普通の人だったら、普通に自分の困難を文章にしたり話したりして主張するだけですよね。しかし、私は嫌なことをふざけた様な面白おかしい方法で対処していいと知っていましたから、「女児本」を参照することが出来たのだと思っています。 勿論この考えが自分の性格と合っているなどの要因があって、兵頭さんだけの影響ではないですけど、私を自由にした手助けをしてくれたと思っています。

不平等への自然な考え方   二つ目の尊敬している部分は、不平等についての考え方とその発信です。
「頭がイイ奴がいれば、悪い奴もいるし、見た目がキレイな奴もいれば、不細工もいるし、志が高い奴がいれば、卑しいことしか出来ない奴もいます。身体能力は人によって違うし、創造的才能がある人は少ないし、全てが異なるのが当たり前で、男と女なんて何もかも異なります。 元々、人間は全て違って当たり前という考え方が常識というか、誰もその事実に疑問すら感じて無かったはずです。しかし、キリスト教が、神の前では皆平等と言い出し、人は初めて圧倒的に不平等な現実に疑義を感じるようになりましたが、生まれた時点で不平等なんですから、疑義を感じても、能無しが天才にはならないし、男が女にもならないんです。男が、チンコ切って、キレイに化粧して、ホルモン注射をしたって、子供を産めるようにはなりません。 不平等が厳然たる現実で、当たり前だったから、平等という人工概念が作られたので、それを否定する言葉は不平等しかないんです。余りに当たり前だから、それを示す記号は必要無かったからです。」 引用元の記事 と兵頭さんは、自身のブログで繰り返し発信しています。 この考え方は他人と違う人生を歩まないといけない人にとっての福音です。 というのも、そういう人は常に自他の違いと平等なはずだという社会通念とで葛藤が起きて、なかなかその事実を認めることが出来ないからです。 これを言葉で力強く発信してくれたことは、自分を自由にしたなぁと思っています。

障害科学の観点から見ても納得できます。特別支援学校はとくに顕著ですけど、同じ学校に通っていても生徒同士で出来る事、特性、すべてが全く違うんです。 たとえば、車椅子に乗って食事に介助がいる子もいれば、足を引きずりながら歩ける子もいます。そして、授業をうけてるとときおりてんかんで体調不良になる人もいます。 知的代替の教育課程で勉強している生徒は教科書すら同じではありません、国語の時間で台車に乗って先生に押してもらって遊ぶ。その間に他の生徒とやりとりするというのが授業でした。 だから、生徒一人ひとり違う事が当たり前です。私が、見ていたクラスでは中学2年生の子が「他人と比べてもしょうがないじゃん」と一つも疑念なく言っていましたし、それがクラスの中での共通概念でした。 普通級の中では、平等なはずだという社会通念があって、なかなかその事実を認めることができません。だから、中学生でそこまで達観できる子は殆どいません。

私のジェンダー観にも影響しています。それは、男女平等は人工概念だという立場です。 というのも、自然状態の社会では長時間労働をはじめ怪我や死亡のリスクがある危険な職場が多かったです。そして、貴重な女性を危険な目に合わせない為に社会的な規制がかかっていました。だから、男女不平等が当たり前でした。 しかし、安全安心で働ける場所では危険がないので社会的な規制が必要ありません。すると、安全安心な場所が多数派となった現代日本では男女平等がトレンドになりました。という理解を私はしています。 つまり、本来は男女は社会的に全く違う役割を背負っていたのに、安全安心で働ける職場が増えてしまったことで、女性も社会進出するようになったという理解です。

さらに、この理解は自分の不満のループから抜け出す手助けをしてくれました。 私は、障害科学にいた時同じ専攻のなかでは唯一の男性でした。一見いいように見えますが、社会進出の方向性をもっている周りの同期女性から殆どいい経験を出来ませんでした。 酷いことを言われたり、無視された記憶ばかり残っています。 そこで、顔が可愛くて、優しくて頭のいい女の子が仕事やればいいじゃん。と拗ねるような気持ちになって障害科学の進路そのものへの疑念を持つようになりました。 というのも私は、自分よりも大学でいた美しい女性の方が価値が高いと思っていました。それなのに女性が下手にも出てくれず、仕事も同じようにやるとなれば、私の価値は無いじゃんと本気で思ったのです。 また、それが繰り返されることで、自分の性的な自信まで失われることになりました。 男女平等が満たされた社会では、女性に囲まれているのにセックス相手がいない男は性的に辛い事ばかりだと思いました。

そんな時、思い出したのが先の不平等についての考え方です。この男性的な葛藤の根元には男女平等思想があり、それには安心安全な職場という条件がありました。なので、それが無くなれば今の自分の悩みも無くなると考えました。 だから、大学卒業して就職もせずにマグロ船に乗るという強い意志をもてたんです。なぜなら、縄船は男女平等の考えが及ぶことのない非常に危険で過酷な仕事だからです。 実際に操業を始めてたった1日で、性的な悩みは完全に解決しました。というのも、操業中縄船で見た圧倒的な光景一つ一つが、女性に生まれていれば絶対に見れなかったものだったのです。 たとえば、3mのサメが船に上がりそれが大暴れ、それを出刃で突いて殺すんです。水揚げ時の実際の画像(断末魔の瞬間ではない) ただ、そこにあった生命エネルギーはどうしようもないくらい美しいものだったんです。 これは、男性にしか見れない光景ですよね。大学では一度も思えなかった「日本男児に生まれてきてよかった」と心の底から思いました。 このように、人の不平等をみとめる自然な考え方を身に着けたことで、自分の不幸の原因がわかりループを断つことが出来ました。 この考えが無ければ、平等という概念に縛られ、意味のない悩みを繰り返していたかもしれません。だから、兵頭さんが力強く綴った言葉は、自分を自由にしたと思っています。

まとめると、兵頭さんの生き方や発信するスタイルのお陰で、自分は不幸に見舞われたとき、性的な葛藤を抱えた場面で他人がドツボに嵌ってしまうところで、抜け出すことが出来ました。だから、尊敬しています。


Last modified on 2026-10-27